燗酒屋 “一酒庵”

一酒庵*書庫

間違いだらけの酒常識 -prologue-

moai.jpg【間違いだらけの酒常識】について

 この小冊子【間違いだらけの酒常識】は、竹鶴酒造の地元竹原市、東広島市などで配布されているフリーベーパー、週刊「プレスネット」の2005年1月15日号(No.265)から4月2日号(No.276)まで、計12回の連載をまとめたものです。12回といっても、1回目と12回目は、「前口上」と「結び」なので、正味10話分を収めております。

 まとめるに当たって、整合性にかける部分を統一したりはしましたが、内容的には、ほぽ掲載された文章そのままです。ただし全休のバランスから、第9話と第10話の順番を入れ替えております。

 竹鶴酒造の酒造りの方向性や酒質は、一般的な“酒常識”に当てはまらないことも多く、それに起因するクレームやお問い合わせを、以前より頂戴しておりました。それが、こういう連載をしようと考えたきっかけです。
 しかし、きっかけはそうであっても、竹鶴酒造の正当性を主張するだけでは、単なる言い訳じみてしまいますし、みなさんのためにも酒のためにもなりません。そこで連載当初より、竹鶴の宣伝ではなく、日本酒をより深く理解していただくことを主眼にしました。

 内容的には、偏っているところも多々あろうかと存じます。ですから、ここに書いてあることを鵜呑みにしてもらうことが本意ではありません。また、私の考えに対する異論があることも当然でしょう。ただ、「少しでもお酒に興味や親しみを持ってもらえたら」との気持ちだけは、ご理解いただきたいと存じます。その思いがみなさんに通じることを切に願ってやみません。

 とりあえず10話で区切りましたが、「間違いだらけの酒常識」の題材は、まだまだあります。この度取り上げなかった“常識”、あるいはそのほかのことに関しても、疑問をお感じになることがございましたら、どうぞお問い合わせください。また、この小冊子を読んでのご感想やご意見、ご質問なども承ります。何なりとお寄せください。
 酒とお付き合いしていただくことで、みなさんの日々の生活がより充実したものになることを、そして、そのためにこの小冊子が何らかのお役に立つことを、心より祈っております。
 では、みなさんの健やかで楽しい酒ライフに「乾杯!」

竹鶴酒造株式会社 杜氏 石川達也敬白

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無断での転載・引用は厳にお断りします
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間違いだらけの酒常識 -1-

cover.jpg第一話 色の濃い酒は、品質も悪い?

■お酒も色々〜♪
 竹鶴の酒の色が濃いのは、自他ともに認めるところです。当社の製品について最もお問い合わせが多いのも、お酒の「色」についてです。
 まずみなさんにご理解いただきたいのは、程度の差こそあれ、自然に造った酒には色があるということです。
 ビール、ワイン、ウイスキーなど、他の酒類のほとんどには、色があることが当然とされています。でも日本酒においては、なぜか無色透明が尊ばれています。
 酒はお米を原料とし、麹や酛という、多彩な微生物たちに働いてもらう工程を経て生まれます。こうしてお米の複雑な味わいを溶かし込んだ酒が、どうして無色透明に見えなければならないのか、理解に苦しみます。
 酒蔵でご覧いただければ一目瞭然なのですが、発酵中の醪には色があります。したがって、搾った酒には新酒の時点から色があります。それが自然です。また、火入れ(加熱殺菌)や熟成によっても色は濃くなっていきます。それも自然なことです。

 実は、酒を“白く”(脱色)するのは簡単です。「活性炭素(冷蔵庫や靴の脱臭剤などにも使われています)」というものを使って濾過をすれば、どんな酒でも “水のような”見た目に変えることができます。ところが、活性炭素は色だけでなく、味や香りも取ってしまうので、脱色した酒は、結果的に没個性でバランスが悪く、味わいも不自然な酒になりがちなのです。

■色の白いは七難隠す
 ではなぜ、酒に色があることが嫌われるようになったのでしょう?
 その昔、粗悪な酒が横行した時代がありました。それらの酒の色が濃かったため、「色=劣化のバロメータ」という図式が酒業界内に浸透していったようです。
 そこで、酒の審査や品評会などにおいて「色」は悪者扱いされ、市販酒でも活性炭素で脱色することが普通になりました。脱色などの加工を、酒業界内で「化粧」と肯定的に呼ぶようになったのも、
そのためです。まさに“色の白いは七難隠す”ですね。

 そんな背景があり、活性炭素濾過をしない酒のほうが珍しくなり、世間一般でも、「色がある酒=問題のある酒」ということが《常識》になってしまったというわけです。

■目でも愛して
 竹鶴酒造では、酒本来の風味と熟成を重視し、酒らしい酒を追求し続けています。そうした姿勢から、いくら濃くなろうとも、それが自然な色だとの誇りと愛着を抱いております。“化粧”のすべてを否定するわけではありませんが、私どもは、酒を“素顔のままで”お届けし、味わっていただきたいと考えています。ですから竹鶴酒造では、どの酒にも活性炭素は一切使用しておりません。つまり、色があるままの商品化は、明確な意図があってのことなのです。
 ところで、酒の劣化と結びついた着色の原因としてよく知られているのは、鉄分の混入です。竹鶴酒造の仕込水は鉄分がほぼゼロです(0.01ppm以下)。また、鉄分混入防止のため、配管のステンレス化やホーロータンクの傷の補修も可能な限りやっております。
 ただし、仕込水の性質から、麹の酵素がよく効き、色が出やすいという特徴があります。それに、竹鶴の方針として、麹をしっかり造り、ある程度米も溶かして旨味を出す、ということがありますが、これも色が濃くなりやすい造り方だと言えます。他蔵の無濾過の酒などと比べても色が濃いのは、そういったことに由来します。ですから竹鶴の酒の色は、何らかの原因による「着色」ではなく、それが「地の色」、つまり個性なのです。
 酒の色にマイナスのイメージがあるのは承知しておりますし、ただ色が濃ければよいと考えているわけでもないのですが、だからといって私どもは、脱色しようなどとは毛頭考えておりません。脱色は、自然の恵み、授かりものであるはずの酒に人為的な加工を施すことですし、脱色することで酒の味わいが深まるとは思えない、要するに、脱色することがお客様のためにならないと思うからです。それよりも、酒の色への偏見を払拭したいとの使命感を抱いて、これからも自然な色の酒を造り続けていく覚悟でおります。
 みなさんには、竹鶴の酒に限らず、酒に色があるというだけで“飲まず嫌い”にならないでいただきたいと思います。「美味しそうな色だ」などと、目でもお酒を味わってくだされば幸いです。

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間違いだらけの酒常識 -2-

cover.jpg第二話 酒は、新しければ新しいほど良い? その一

■古酒の味をご存じないのね
 お客様から、「酒は、どのくらいの期間なら品質を保てるのか」とよく尋ねられます。また、「酒をずっと置いておくと酢になる」、「早く飲まなければ酒が腐る」と心配している方もいらっしやることでしょう。
 あまり知られていないことですが、実は、酒に賞味期限はありません。生酒や生詰めの酒以外の商品は、瓶詰め時に火入れという加熱殺菌(牛乳などで言うところの「低温殺菌」)をしてあります。つまり、きちんと処理されていれば無菌状態です。酢になったり、腐ったりというのは酢酸菌や乳酸菌の仕業なので、開栓しない限り、まず安心です。また生酒についても、冷蔵さえしておけば、何ヶ月か程度でおかしくなる可能性は非常に低い、と思っていただいて結構です(ただし、最近流行の、度数が低い(=15度未満)商品は要注意!)。
 さて、日本酒が方向を誤ってきた点はいくつもありますが、その一つが熟成についてです。本来、酒を「造る」工程には「熟成」も含まれているはずなのですが、特に生酒が商品化されてからというもの、フレッシュさばかりが重視され、熟成は軽んじられるようになりました。
 酒の審査や品評会などにおいても、「老香(ひねか=熟成が進むにしたがって出てくる特有の香り)」は欠点として指摘され、「古い」イコール「良くない」というイメージが定着しています。
 しかし、世界中のどんな酒でも、熟成タイプほど珍重され、高級な扱いを受けます。ウイスキーやブランデーなど、蒸留酒のラベルに「**years old」などと誇らしく書いてあるのは、みなさんもよくご存知でしょう。醸造酒においても、ワインは言わずもがな、ビールでさえ、イギリスのエールやスタウト、ベルギーのトラピストビールなどには、何年も寝かせるタイプもありますし、お隣の中国には、その名も「老酒(ラオチュウ)」という酒があり、古さに価値が置かれています。

■ウーン、寝(かせ)てみたい
 熟成している酒の中では、さまざまな化学・物理反応が実にゆっくりと進んでいます。その現象についてはかなり研究されていますが、解明しきれない部分もまだまだ残されています。酒とは、それほど複雑な、まさに“生きもの”なのです。
 一般的には、熟成させると、当然ながらフレッシュさは失われる反面、味の角が取れ、まろやかになります。また、旨味も乗ってきて、味に奥行きと幅を感じられるようになります。色は濃くなり、熟成香や老香が出てきますが、これは好みの分かれるところです。
 どんな酒にも共通して言えることですけれど、寝かせた酒の味がまろやかになるのは、時間をかけて熟成する間に、酒の中のアルコールが、水など他の成分と結合することによって、刺激が少なくなるからです。それは、体内への吸収もゆっくりで、酔い心地もおだやかになりやすいということです。つまり熟成酒は、より身体にやさしい酒だとも言えましょう。
 実は、日本酒にも長い年月(5年〜30年)熟成させた古酒はあり、積極的にそういう酒ばかり商品化している蔵もあります。しかし、世間での古酒の認知度はまだかなり低く、それに比例してか、熟成についての理解が広まっているとは言い難いのが現状です。そんな風潮から、“酒は、新しければ新しいほど良い"という誤解が生じているのかもしれません。
 古酒までいかなくても、数ヶ月寝かせるだけで酒の味は変わります。昔は、冬に什込み、春に搾った新酒を桶に囲って封印し、夏を越すまでは寝かせました。ひと夏越して酒が旨くなることを「秋上がり」と言いますが、杜氏は「秋上がり」を目標に酒を造っていたのです。このように、熟成によって味が深まり、それを季節感とともに味わえるのも、日本酒ならではの楽しみです。
 確かに、搾りたての新鮮な酒にも捨て難い魅力があります。しかし、「新酒を味わうだけでは、本当の酒の味を知ったことにはならない」と言っても差し支えないでしょう。熟成した酒の深い味わいこそは、若い酒には持ち得ない、酒本来の醍醐味だと思います。少し女性には失礼ですけれど、古来「酒は古酒、女は年増」という言葉があるくらいです。この場合の古酒とは、何年も寝かせたものではなく、夏を越した酒のことですが、昔の人には、熟成の重要性がよくわかっていたのではないでしょうか。女性のことはともかく、酒が熟成することによって真価を発揮するという意味では、現代にも通じる言葉だと思います。

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間違いだらけの酒常識 -3-

cover.jpg第三話 酒は、新しければ新しいほど良い? その二

■時の流れに味をまかせ…
 酒のラベルに表記してある「製造年月」は、ほとんどの場合、酒を造った(搾った)時期ではありません。瓶に詰めた時期、あるいは出荷の時期というのが一般的です。つまり、何年も熟成させた酒を新たに瓶詰めしたり、出荷したりすれば、酒は古くとも日付は新しい商品になります。
 要するに、表示された製造年月よりも、いつ造られた酒なのかということのほうが、酒が新しいか古いかの目安になるわけです。
 蔵元は、酒の味のピークを見極めて出荷しようとしているはずです。しかし、では、瓶に詰めてから時間が経てば経つほど味が落ちていくのかと言えば、そうではありません。また「瓶に詰めた酒は、劣化はしても、(良い意味での)熟或はしないのでは?」とお考えの方もいらっしゃると思いますが、酒は、瓶に詰めてからでも熟成します。ですから、熟成すればしたなりの味わいが楽しめるのです。
 それと、きちんと保管された(冷蔵という意味だけではありません→後述)真っ当な酒なら、あまり日付を気にする必要はないということも申し上げておきます。酒は“生きもの”ではありますが、生鮮食品とは違いますので。
 ところで、竹鶴の酒は老香(ひねか)がする、とよく言われます。もちろん香りは酒質に結びついたものですから、老杏にも良し悪しがあります。ひとりよがりな言い草ですけれど、私どもの酒の老香は、悪いほうの異臭とは違います(当たり前ですが、そう思っていたら出荷しません)。
 とは言え、酒は嗜好品なので、熟成した味や香りを嫌う人がおられても不思議はないでしょう。それでも、あえてそういう酒を造りつづけているのは、熟成によって変化(深化)する酒の魅力を味わっていただきたいからです。それに、熟成に伴う味や香りを好む人が多いことも事実ですし(私たちも大好きです)、決して不自然なものでないことはご理解いただきたいと思います。

■冷やすばかりが 能じゃない
 ここでもう一つ「間違いだらけの酒常識」を挙げておきましょう。それは、“良い酒は冷蔵庫で保管すべき”というものです。
 吟醸酒、生酒などが商品として流通するようになって以来、管理するという言葉は、冷蔵することと同じ意味に解釈されることが多くなりました。それまで酒の管理ということがあまり考えられてなかった反動からか、造り酒屋も酒販店・料飲店も、とにかく冷蔵庫で冷やさなければという強迫観念に駆られたように、冷蔵設備を導入したのです。冷蔵庫の数や大きさが、品質管理の指標とされるようにもなりました。
 本来の意味での品質管理とは、その酒の持つ力を最大限に引き出すことのはずです。確かに、酒質が変化しないように保つためでしたら、きつい濾過をかけ、とにかく低温で貯蔵するのがベストでしょう。濾過をかければ、変化する成分か減って味は変わりにくくなりますし、貯蔵温度を低くすれば低くするほど、熟成の進みは遅くなります。しかしそういう管理は、酒に本領を発揮させることとは必ずしも一致しないのです。熟成によって酒の旨さを際立だせようとする場合の「寝かせる」は、冷蔵庫などでただ冷やすことに限りません。冷蔵保存については、熟成させて変化を期待するというよりも、とにかく酒を劣化させたくないという理由のほうが強いように思います。
 では、冷蔵しなければ酒の品質は低下してしまうのでしょうか?
 もちろん、そんなことはありません。日本酒を保存する場合、光(日光や蛍光灯の光)に当てたり、熱源(コンロやストーブなど)のそばに置いたりさえしなければ、常温保管でも問題はないのです(生酒以外で、酒質が強いことが条件ですけれど)。
 本当は、酒によって適正な貯蔵温度は違うはずです。どのくらいの温度で、どれだけ長く寝かせれば飲み頃になるのか、その方程式はありません。結果が出るのに時間のかかることでもあり、全国の蔵で、現在も試行錯誤が続けられています。
 みなさんも「これは!」と思う酒があったら、世界に一本しかない“マイ熟成酒”造りに挑戦されてはいかがでしょう。光が当たらぬように箱に入れるか紙で包むかして、押入れなど温度変化の少ない場所で何ヶ月、何年と寝かせてみると、気に入った酒の違う顔を見ることができて楽しいですよ。
不味くなっても保証はできませんけど(笑)。
 竹鶴の酒なら、どうぞ何年でも熟成させてみてください。少々寝かせたくらいでおかしくなるような造りはしていないつもりですので。

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間違いだらけの酒常識 -4-

cover.jpg第四話 良い酒は、冷やで飲むべし?

■温度変われば味変わる
 酒はお爛して飲むのが当たり前、という時代が長くありました。しかし酒業界にとって、お燗が前提というのは、冬はいいけれども暑い夏には苦しい。そこで、夏でも酒を飲んでもらうために、さまざまな努力をしました。その努力が実を結んだのが「生酒」でした。その後保冷流通が普及し、生酒は、夏場に需要が落ち込む日本酒業界における救世主のように思われたのです。
 日本酒業界は、「お燗=オジサンくさい」といったイメージを払拭するためにも、フレッシュな生酒を冷やして飲む、というさわやかさを、ここぞとばかりに前面に押し出しました。酒造組合を挙げて“ジャパナマ・キャンペーン(生酒を冷やして、グラスで飲もう)”なども行なわれました。
 そうした動きと連動して、「本当の酒の通は、冷やで飲むものだ」、「良い酒をお燗するのはもったいない」などというおかしな理屈が広まっていったのです。
 飲むときの酒の温度は好みの問題も大きいので、ご自由にお楽しみいただければよいことです。ただ、食べもの、飲みものは、すべて温度によって味の感じ方が変わります。そして、一般的に日本酒は、冷たくするよりも温かくする方がその魅力を発揮しやすいのです。なぜかと言えば、温めたときに感じやすくなる旨味成分の割合が、他の酒類と比べても断然多いからです。したがって、本来の、酒らしい酒ならば、キンキンに冷やして飲むことの方がもったいない(味を感じにくいので)、と私などは思います。

■「冷や」は常温
 酒を冷蔵することが普及したがために、もうひとつ間違った常識が生まれました。それは、冷蔵庫で冷やした酒を「冷や」と言うようになったことです。本来、酒の「冷や」とは常温のことです。昔、燗をつけて飲むのが普通だった頃、お燗酒に対して、そのままの酒を「冷や」と呼んだのです。冷蔵庫なんて、最近のものですから。
 第三話でお話したように、酒質を変化させたくないなら、冷蔵庫に入れるのはひとつの方法でしょう。しかし、その温度は保存のためのものではあっても、飲むために最適な温度とは違います。
 ところが、冷蔵庫に入れることが酒の管理だとされるようになってからというもの、飲みに行って酒を注文すると、冷蔵庫で冷やした酒をそのまま注がれることが多くなりました。「冷酒」のメニューには銘酒がズラリと並んでいるのに、「燗酒」に銘柄はなく、ただ「お燗酒」としか書かれていないなどということも珍しくありません。そんなお店で、「冷酒」欄の銘柄をお燗してもらえるか訊くと、「デリケートな酒だから、お燗なんてできない」と怒られる始末です。

■ひと手間かける温かさ
 温めて飲むと旨いというのは、日本酒の特筆すべき美点です。お燗して旨くなることを「燗上がり」と言います。燗上がりすることが、酒らしい酒の第一の条件だと私は考えています。つまり、お燗をつけたくらいで崩れるのは、デリケートというよりも、過保護に育てられた“甘ちゃん”か、酒としてあるべき何かが欠けている(あるいは、余分なものが加わっている)かだと思います。
 ファストフード世代には、お燗をつけるという手間が敬遠されました。しかし、ひと手間かけるということこそが食文化の基本です。お燗をつけ、地場の旬の食材(高価なものという意味ではありません)を料理して食べることは、生活を豊かにする「スローフード」の最たるものではないでしょうか。
 いつも“冷や”しか飲まれない方も、是非一度、“お燗”に挑戦していただきたいと存じます。いつもと違う味わいを感じられるはずです。そして食べものと合わせても“冷や”とは異なる相性を見せてくれることでしょう。
 また、一概に「ぬる燗に限る」といったものでもありません。神経質になる必要はないのです。ぬる燗(40℃近辺*1)、熱燗(50℃近辺*2)と味の感じ方も変わりますし、一旦熱燗にして冷ましたのが旨いという酒もあります。合わせる料理によっても適温は異なります。それに、厳密に温度を合わせたつもりでも、盃に注ぐだけで温度は下がりますし、飲んでいるうちに徳利の中の酒だって段々冷めていきますので。
 真っ当な酒なら、どんな温度でもそれぞれの美味しさがあります。ですから、あまり難しく考えずに、冷やから熱燗、燗冷ましまで、いろんな温度でお試しいただければと思います。そのうちに自分の好みの温度もわかってきますし、酒の楽しみが広がるに違いありません。

【注】燗温度の呼称に対する具体的な温度は
   *1・*2とも、一酒庵で追記したものです

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間違いだらけの酒常識 -5-

cover.jpg第五話 吟醸酒は、香りが命? その一

■香れば尊し?
 不味い酒ばかり飲んで(飲まされて)日本酒嫌いだったのに、吟醸酒を飲んで日本酒好きになったという人には、私も数多く出会いました。それほど、吟醸酒の出現は衝撃的でした。そこで生酒と同様、吟醸酒こそが新しい時代の日本酒だと思われたこともありました。
 実は、吟醸酒というものは、かなり古くから造られています。良質の酒米を選んで高精白し、杜氏や酒蔵の名誉を賭けて仕込まれる吟醸酒は、まさに最高峰の酒でした。精魂込めて造られ、出来の良い酒に仕上がったとき、えも言われぬ芳香が漂い、それは「吟醸香」と呼ばれました。
 その頃は、なぜ香りが出るのかという理屈などわかりません。吟醸香は、心血注いだ結果恵まれるものであって、狙って出せるようなものではなかったのです。
 このように、もともと吟醸酒の香りというものは、その名の通り、吟味して醸した結果であったはずなのに、いつしか香り自体が目的となっていきました。吟醸酒の歴史とは、香りを出そうと苦心してきた足跡だとも言えるでしょう。
 吟醸酒造りにみんなが必死になった背景には、品評会や鑑評会の存在があります。品評会、鑑評会での入賞は、蔵元や杜氏にとって最高の栄誉であり、それ以上ない宣伝効果をもたらすものでした(過去形)。そして、入賞率を高めるためには、香りを出すことが一番だったのです。
 業界全体が、いかに香りを出すかという課題に精力を傾け、それに伴って、香りの出やすい造り方が考えられていきました。そうした努力の甲斐があってか、香りの高さについては、現在、行き着くところまで行った感があります。
 「香りがもっと出れば…」と追求し続けてきた結果、プンプンするほどの香りを出すことも可能になりました。では、果たして今の吟醸酒は、本当に最高峰の酒になり得たのでしょうか?
 残念ながら、答えは否です。

■そして酵母…
 問題は、いかに香りを出すかということに焦点が合わされてきたことでした。前にも触れたように、「まず香りありき」というのは、そもそもの吟醸酒の成り立ちからしたら、目的と結果が逆です。吟醸酒を日本酒の最高峰と位置付けるのなら、本当は、酒の底力が見えるような旨い酒を目指さなければならなかったのに、香りにとらわれすぎたのだと思います。
 現在、香りを高く出せるようになった大きな要因に、「酵母」の開発があります。酵母は酒の発酵を司る微生物で、要するにアルコールを造ってくれるのですが、同時に、酸や香りも造ります。その特性に着目し、酵母によって香りを高めようとする研究が進められてきました。最近は、バイオテクノロジーの進歩もめざましく、日本中でさまざまな酵母が開発されています。特にこの10年というもの、酵母開発によって、吟醸酒の香りの量は飛躍的に伸び、以前では考えられないような高い香りの酒が造られるようになっています。
 酵母だって生きものです。バイオテクノロジーと言えば聞こえは良いのですが、生きものの命に手を加えるということでもあります。工業製品ではないのですから、酵母を“開発する”という発想そのものが、私には不自然に感じられてしまいます。現在の香りの高さは、自然界ではあり得ないレベルのものです。酒を自然の恵みだと信じている私は、お客様がいくら望まれたとしても、そういう酵母を使って、プンプン系の吟醸酒を造る気になどなれません。
 また昔と今では、香りの量だけなく、質も違います。「香り」とひと口に言っても、多様な香気成分が集まったものなのですが、最近の酵母開発は、ある特定の香り(専門用語で恐縮ですけれど、「カプロン酸エチル」という成分)が高くなることを狙ったものがほとんどです。この香りは、量を増やしたところで酒の旨さには何ら貢献しませんし、とても“旨そうな”香りとは感じられない、と私は思っています。
 最近は、「吟醸酒で日本酒を好きになった」人よりも、「吟醸酒は苦手」と言う人に会うことの方が多くなってきました。飲み手としての私も、高い香りの吟醸酒には魅力を感じません。ただし、そういう酒のあることが問題ではないのです。酒の好みも人それぞれですし、高い香りで日本酒に目覚める人もいるでしょうから。しかし、それこそが吟醸酒だ、最高の日本酒だと言われても困る、というのが私の本音です。

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間違いだらけの酒常識 -6-

cover.jpg第六話 吟醸酒は、香りが命? その二

 「吟醸酒のお燗を飲まれたことがありますか?」
こう訊ねると、たいていの人はびっくりします。
 「吟醸酒って、お燗してもいいんですか?」
と逆に訊かれたりします。
 「吟醸酒は冷やで飲む」というのも常識となった感がありますが、実は、“吟醸酒だから”お燗してはいけないのではなく、お燗に向かない吟醸酒が多いだけなのです。

■楽しめなくっちゃ、酒じゃない
 私は、日本酒の持ち味を、その度量の広さだと考えています。つまり、
いろんな温度で飲んで楽しめる
幅広く料理と合わせて楽しめる
熟成による変化もまた楽しめる
といった、どのようにしても楽しめる懐の深さが、日本酒の真骨頂だと思うのです。この三要素を満たし、かつ飲み飽きせずに飲み続けられる酒なら、それは秀でた酒だと言えるでしょう。
 無論、吟醸酒といえども、れっきとした日本酒です。それなら、以上のような楽しみ万ができなければ、酒としては物足りません。ところが、香りプンプンの吟醸酒は、この三要素のどれにも当てはまらないのです。
お燗すると、ただでさえ高い香りが鼻につき、旨くは感じられない
香りの高さが、料理と合わせる邪魔になり、食事も酒も進みにくい
香りの成分は劣化しやすいので、よほど気をつけて熟成させなければ、不快な臭いになる
それに、高い香りの吟醸酒を飲み続けるのは、好きな人でもしんどいと思います。
 本当は、飲んで旨いかどうかがすべてのはずです。ところが、今までの酒業界内では、「香りさえ高ければ」という意識が強すぎたきらいがありました。品評会、鑑評会などの審査も同じく、不幸ななことに、飲むことを第一に考えられてきたものではありません。“全国新酒鑑評会金賞受賞酒”などというと、一般の方は「どんなに旨い酒だろう?」とお思いでしょうが、品評会、鑑評会の入賞酒のほとんどは、少なくとも私にとって、決して旨いとは思えない酒なのです。
 「品評会、鑑評会は技術を競う場であって、旨い酒のコンテストではない」、「出品酒は審査のために造られているのであって、飲むための酒ではない」と喝破した審査員の先生もおられました。そこまで割り切った言い方ができるのは尊敬に値しますし、それもひとつの見方ではあるでしょう。しかし私は、酒造りの技術は旨い酒を造るためのものだと思っていますので、技術を競った挙句、旨くない酒ができるということに納得がいかないのです。

■旨さ極めて吟醸酒
 第五話からここまでの文章をお読みになると、「吟醸酒って美味しくないのか」と思われることでしょうね。しかし、「吟醸酒」そのものに罪はありません。飲む旨さを追求せず、香りにこだわった吟醸酒が「吟醸酒」のイメージを狭めているだけなのです。先に述べたような日本酒の幅広さ、奥深さを見せてくれる吟醸酒だって、もちろんあります。また、特にこれからは、飲んで旨い吟醸酒がどんどん出てくるはずです。香り重視の方向性が行き詰まったことに気づいた造り手が増えてきていますから。それに、品評会、鑑評会の姿勢も変わりつつありますし、その権威も昔ほどではなくなったので、そういう価値観にとらわれない、個性的な吟醸酒も続々と生まれるのではないかと期待しているところです。

 そもそも、吟醸酒は旨くなければなりません。なぜなら、最高級の酒米を惜しげもなく高精白し、杜氏、蔵人が精魂込めて造った酒が旨くなかったら、お米ももったいないですし、せっかくの努力が水の泡です。香りにこだわり、旨さを犠牲にするなんてナンセンスだと思います。
 私は、吟醸酒というものは、もっと大きな可能性を秘めていると信じています。実際に現在でも、驚愕すべき旨さの吟醸酒は存在します。私が今までに味わえた素晴らしい吟醸酒たちは、ワインなど、他のどんな酒と比べても引けを取らない逸品でした。それらの香りは、おだやかで上品です。そして、お燗すれば旨さが増し、美味しい料理とはお互いが引き立て合い、熟成させて味が深まります。そんな吟醸酒なら、飲み飽きするどころか、ずっと飲み続けていたいと思わせてくれるのです。
 みなさんには、銘柄とか品評会の成績などにとらわれず、ご自分の心と身体に合うかどうかを、感性で判断していただきたいと存じます。
 私も、飲んでくださる人が感動を覚えるような吟醸酒を造れるよう、今後も精進する所存です。

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間違いだらけの酒常識 -7-

cover.jpg第七話 料理の邪魔をしない酒=料理に合う酒?

 「つまみがいらない」というのが、良い酒の表現として使われることがあります。また、「本当の酒飲みは、飲むときは食べないものだ」などと言われることもあります。私事ですが、私の父も飲むときは食べない人でした。でも、旨い酒を飲むと何か食べたくなり、美味しい料理を食べると酒を合わせたくなる、というのが健全な酒飲みだと、私は思っています。

■邪魔をしないこと水の如し?
 料理雑誌など見ていると、「料理の邪魔をしないのが、料理に合う酒だ」と言う料理屋さんが結構おられます。そういうお店では、さっぱりした淡麗辛口の酒を勧められることが多いようです。
 料理人にすれば、料理の味が第一でしょうから、酒で料理の味が変わるのは嫌なことなのだと思います。しかし、邪魔をしないだけなら、料理と酒のハーモニーは生まれません。料理を一、酒を一としますと、邪魔をしない酒というのは、一足す一が二にしかなりません。料理の味を損なうことはないかもしれませんが、より美味しくすることもないのです。

 食事のときに酒を飲むのだったら、料理も酒も、味をより深く感じられるようにならないと意味がないと思います。それだけでは一ずつの料理と酒を、三にも四にもさせられる酒が、料理に合うと言えるのではないでしょうか。
 料理の邪魔をしないという消極的な合わせ方を考えれば、とにかく味の薄い、それこそ“水のような”酒が選ばれるかもしれません。でもそれなら、美味しい水かお茶のほうが、よほど気が利いています。
 名酒のたとえとして「水の如く、さわりなく飲める」という有名な言葉があります。しかし、ここで言う「水の如く」とは、“水のように薄い”こととは違います。引っかかることなく、すべるように飲めるのが良い酒だという意味であって、味の薄さについて述べた言葉ではないのです。それを履き違えて、本当に水のような酒が流行したりもしました。

■ごはんのような酒
 私は常々、“ごはんのような酒”を造りたいと言って来ました。日頃振り返られることは少ないのですけれど、ごはんは本当に偉大だと思います。ごはんは何にでも合います。和食はもちろんのこと、肉料理や揚物などの洋食から中華料理まで、合わせる料理を選びません。美味しい料理にごはんがあれば、料理もごはんもさらに魅力を増します。それでいて、強烈な自己主張をすることもない。当たり前のように食卓にあって、しかも存在感がある。酒造りに携わるようになってからは余計に、ごはんの凄さを感じるようになりました。
 “ごはんのような酒”と言っても、当然、ごはんのような味の酒を造ろうとしているわけではありません。ただ、ごはんと同じく、素晴らしい力を持つ米から造られるのだから、ごはんのように、どんな料理も幅広く受け止め、料理とお互いに高め合えるような酒を目指すべきだと考えたのです。かといって、しゃしゃり出ることなく、料理を引き立てる脇役に徹し、かつ存在感のある酒なら最高ですね。

■ポイントは、“旨味”と“酸”
 では、料理を引き立てる酒とは、どんな酒なのでしょう?
 酒自身も旨く、その上、料理も引き立てるとなると、酒としての力が十分になければなりません。

 酒は、米と水から造られます。酒としての力を備えるためには、米と水の力を生かした酒であることが必要です。濃い・薄い、甘い・辛いなどに関わらず、米と水の力が生きた酒ならば、米由来の旨味が感じられるはずです。私は、他の酒類と比べて日本酒が抜きん出ている点は、その複雑な“旨味”だと思っています。
 そして、もうひとつのポイントは、“酸”です。
 酒業界では、酸を悪者扱いしてきた歴史があります。何十年か前までは、酒が腐ることも珍しいことではありませんでした。酒が汚染されると酸が増えます。その怖さがのちのちまで引きずられ、とにかく酸を低くする造り方が受け継がれてきました。昔の酒と今の酒では、その味もずいぶん違いますが、特に酸度は顕著に低くなっています。
 酸は、料理の味を受け止め、味を切り、飲んだり食べたりのリズムをつくります。次の一箸、次の一杯へ誘うのが酸なのです。ですから、酸の乏しいような酒は、食中酒には向きません。
 複雑な旨味とそれを支える多様な酸は、酒と料理双方の魅力を増し、食事のひとときを一層充実させてくれるのです。

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間違いだらけの酒常識 -8-

cover.jpg第八話 日本酒なら、やっぱり和食?

■固定観念をぶっ飛ばせ!
 第七話では、どんな酒が料理に合う酒か、というお話をしました。では逆に、そういう日本酒に合う料理は何か、ということを考えてみましょう。
 みなさんは日頃、和食は日本酒、西洋料理ならワイン、中華料理にはビールや紹興酒、といった公式で、酒を選ぼうとされていませんか。そういう組み合わせは、相性が良いに決まっています。しかしそれは、「魚料理には白ワイン、肉料理には赤ワイン」というような“お決まり”と同様の固定観念にすぎません。そんな、いわばマニュアルに従うだけでは、もったいないと思います。
 現代では、和風、洋風、中華風のおかずが、ひとつの食卓に並べられることも珍しくありません。そんな食事の場で、「これには合うが、あれには合わない」とわがままを言うようでは、食中酒として失格です。また、料理に合わせて酒を変えるというのも、日々の食生活においては難しいことでしょう。
 でも、真っ当な日本酒なら、それ一本で大丈夫。どんな料理にも、当たり前のような顔をして合わせられます。そういうことの可能なのが本来の日本酒ですし、そんな芸当ができることも日本酒の強みだ、と私は考えています。
 意外に思われるかもわかりませんが、肉料理や油を使った料理でも、日本酒はOKです。たとえば、“とんかつ”に“熱燗”が乙なものだ、なんて言ったらビックリされるでしょうか。
 前に述べた、旨味と酸が備わった酒であることが条件になりますが、とんかつのような料理にも酒が合わせられるキーワードは、「熱燗」です。
 複雑な旨味と多様な酸が醸し出す味の幅が、温度の変化によって、もっと広くなります。つまり、温度を変えて楽しめるという日本酒の特性が、料理との相性も広げるのです。
 また、肉料理などと合わせる場合には、温度による酒の味の変化だけでなく、酒の温度そのものも有効に働きます。油や脂肪分は温度が高くなればサラサラになり、低ければ粘り気が出たり、固まったりします。肉料理に冷やした酒を合わせた場合、口の中で脂肪分が固まってしまい、味キレが悪くなります。ところが、しっかりした酒をお
燗して合わせると、脂肪分が口の中にまとわりつくこともなく、さらりと洗い流してくれるのです。
 このことは、老舗のすき焼き屋のご主人にうかがって「なるほど!」と思ったことです。お燗には、酒が旨くなるというだけでなく、その温度自体にも効用があることを教えていただきました。

■合わせ技(もう)一本!
 第七話で、酒が料理と合うポイントとして、旨味と酸を挙げましたが、食事の場で飲み続けられるためには、それに加えてキレの良さが必要です。
 「キレ」とひと口に言っても、さまざまな種類があります。
 今述べた、温度によるキレもそのひとつです。
 前回触れた、「酸」によるキレもあります。酸は酒の味の一部でもありますが、酒自身と料理の味を受け止め、ズバッと断ち切る力があります。コクのある酒と味の濃い料理の組み合わせなどでも、厚みのある酸ならキレを生みます。
 後味を残さない、というキレもあります。完全発酵した酒ならではのキレですけれど、酸をナタだとすると、切れ味鋭い包丁のように、スーッと味を切ります。このキレは、最後まで元気に発酵してくれるよう、酵母を強くたくましく育てていないと備わりません。
 また、味を切るキレではなく、和三盆糖を使った上品な干菓子のあと口のように、余韻を残して消えていくようなキレもあります。このキレは麹によるものではないか、と私は考えています。
 優れた酒では、これらのキレが、互いに影響しあいながら、同時進行で起こります。その結果、飲み飽きすることなく、飲み続けられるのです。
 旨味と酸、それに伴うキレ。この三拍子が揃っていれば、酒ひと口の中にもメリハリが生まれ、自分なりのテンポで楽しく飲むことができるでしょう。そういう酒なら、合わない料理を探すのが難しいほど、あらゆる食べものとマッチします。したがって、この際「日本酒には和食」という枠にこだわらず、「えっ!」と思うような料理と合わせてみられるのも一興ではないかと存じます。
 クセのあるチーズと酒。豚の角煮と酒。フレンチやイタリアンと日本酒だって、料理によっては、ワインに負けず劣らず合ったりします。一見ミスマッチと思える組み合わせが予想外に良ければ、酒の力を再認識していただけるでしょうし、晩酌の楽しみが広がること請け合いです。
 是非お試しあれ!

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間違いだらけの酒常識 -9-

cover.jpg第九話 度数の高さが日本酒の欠点?

■度数増します、われらが酒よ
 残念ながら現在の日本酒は、低迷の一途をたどっています。そこで、なぜ今のように落ち込んでしまったのかという現状の分析がなされ、いくつかの要因が挙げられてきました。その中で、「アルコール度数が高い」ことも、日本酒の敬遠される要因として指摘されるようになっています。
 発酵中の日本酒は、醸造酒としては世界最高レベルのアルコール度数に達します。強力な糖化力を持つ麹を使うことと、並行複発酵(へいこうふくはっこう=麹による糖化と酵母によるアルコール発酵が、同じ容器内で、同時に進行する)という、世界でもまれな発酵形式のために、日本酒はアルコール度数を高くすることができるのです。
 特級、一級、二級といった級別制度があった頃は、市販酒のアルコール度数の基準は15度台でした。割水(わりみず=加水して度数調整すること)していない酒(原酒)は、純米酒で17〜19度くらいのアルコール分です。それを15度台まで割水して商品化するのが普通だったのです。
 ところが最近の日本酒では、14度台は珍しくありません(特に生酒に多い)し、ワイン並みに12、13度台まで落とした商品も増えています。

■度数の高さの何が問題か
 度数の高さを問題視するのは、

  • 度数の高さが、飲みにくさにつながる
  • 度数が高いと、身体にこたえる
  • 度数が高いから、たくさん飲めない

    といった点を気にするからだと思われます。
     でも、本当にそうなのでしょうか?
     飲みにくさについては、以前にもお話しましたけれど、完全発酵していない、熟成が足らないなど、酒自体の問題のほうが原因としては大きいと思います。真っ当に仕上がった酒をきちんと熟成させていれば、度数の高さは、思ったほど気にならないものです。
     また、薄くすれば飲みやすいかと言えば、それも違います。特に食べながら飲むのなら、薄さを感じるような酒では料理に合わず、逆に疲れてしまいます。
     身体にこたえるというのも同じです。余分な雑味がなく、まろやかに熟成した酒は、身体にもしっくり馴染みます。それでも心配な方は、しっかり食べながら飲む、汁物や水、お茶などを摂りながら飲む、といったことを心掛けていただければよろしいかと存じます。
     たくさん飲めないことに対しては、ガブガブたくさん飲もうとするからだ(笑)と言っておきましょう。わざわざ薄めてまでたくさん飲もうとしなくても、料理とともに自分のリズムで酒を楽しめれば、それで充分ではないでしょうか。

    ■(お)薄いのがお好き?
     私とて、度数の高い原酒こそが最高だと考えているわけではありません。ただ、闇雲に度数の高さを悪者にする風潮には「ちょっと待った!」と異を唱えたくなるのです。
     私が酒のソフト(低アルコール)化を危惧するのには、低アルコールで旨い酒を飲んだためしがないということが根底にあります。度数を下げても“飲める”酒には、何度かお目(口?)にかかったことがあります。しかし、低アルコールにして、より美味しくなったという酒には、まだ巡り合ったことがありません。
     現在の酒と昔の酒を比べると、同じ度数でも味の濃さが違います。今の酒は、随分味が薄くなってきているのです。その薄い酒をもっと薄めるのですから、旨さや飲み応えなども薄れて当然ではないかと思います。
     今まで操り返し書いてきましたが、酒は、飲んで旨いかどうかがすべてです。薄めることで旨くなるのなら、どんどんやるべきでしょう。でも、あまり度数を下げると旨さも薄まるというのが通例のようです。私の個人的な感覚では、15度を切ると薄さを感じ始めます。昔、15度を基準にしていたのも、たまたまかもしれませんが、理にかなっていたのではないかと考えています。
     度数が高ければ、それにあった飲み方をすればいいだけの話です。また、酔うのが嫌だという人もおられますが、日本酒に限らず、飲めば酔うのが酒です。
     ですから、みなさんには、度数が高いかどうかよりも、身体に馴染むか、料理に合うか、そして何と言っても、旨いと感じるかどうかを、酒と付き合う基準にしていただければと存じます。
     その上で、自分のペースと適量に合わせて、旨し酒の酔い心地をどうぞお楽しみください。

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